「川並」考
第三章 川並の作業(3)
元(株)カクマル役員
酒井利勝
作業〔U〕
1.筏の種類
丸太の運搬,移動はすべて水運を利用した。
木場内では縦横に運河と堀割が交錯しており,又,利根川,荒川,多摩川水系も関東地区の丸太輸送には広く利用された。これらはすべて筏組により行われ,筏には材種により,さまざまな組み方があった。
(1)オランダ捲き
28糎以下(尺下と云う)の丸太を束ね,ぐるぐる捲きにしたものを連ねてゆく,最も簡単な組み方である。特に20糎以下の細丸太が多い国産の杉丸太等の筏組に用いられた。
水面の占有度が少いという利点もある。
(2)引っ掛け筏
長さが3.75米(2間,12尺5寸)或は4米(13尺2寸)に一定されている国産杉丸太,北洋材(樺太,北海道産のエゾ,トド丸太,落葉松丸太等)で,末口径28糎以下の丸太(末口28糎−16糎の丸太を中丸太,又は中目。14糎以下を小丸太と云う)を筏組みする場合は,引っ掛け筏が多い。まず丸太を横一列に並べ,その上へ長さの三分の二くらい次の一列を重ねてゆく。そして六段くらい重ねる。作業の手順としては,最初の一列は2,3本の丸太の上へ適当な長さ,幅の板を乗せ,その上に乗って束ね上げる。(はな組みと云う)。あとは一本ずつ長鉤でその上へ引っ張り上げてゆく。出来上った筏の幅は概ね2米くらい,長さは概ね6〜8米くらい。一枚の筏の材積は概ね30立方米くらいである。
(3)横串
内地材(主として杉丸太,時に松,樅等)の,末口径50糎から上のもの,北洋材の役物
(同上の上級材),南洋材等長さが3.75米〜4米(定尺と称する)に一定された丸太を横に並べてつないでゆく筏組みで,最も簡単な筏組みである。南洋材丸太に多い。「又カン」を丸太の中央に打ち込み,それにワイヤーロープを通してつないでゆくのが一番簡便な作業方法だが,又カンの穴が疵になる訳で,高価な丸太にはこうしたラフな筏組みは厳禁である。
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(4)平組
内,外材を問わず太い丸太には最も一般的な組み方。秋田杉,南洋材等の筏に多く,これも丸太の長さが二間(3.65米〜4米)前後に一定されていなければならない。
右の通りで通常6かまくらいをつなげる。南洋材の場合,筏一枚の材積は60立方米前後である。
筏の組み方には多分に化粧的要素があり,中央に太くて優良な丸太を置き,左右になだらかな傾斜をつける。また前後にもゆるい傾斜があった方がよい。「見場(みば)をよく組め」とやかましく云われるのである。同時にそれは最も抵抗の少ない合理的な筏組みでもある。
図のように「両へり」をつけるのが普通だが,「片へり」だけの場合もある。
(5)へり落し
平組みの筏から両サイドの丸太を外し,タテに数本並べた「ひとかま」を連ねた筏,丸太三本だけで長く連ねるものを「鍋」と称し,この場合は普通の六かまでなく十二かまくらいになることもあったが,昭和初年以降は三本並べの筏は少なくなった。
(6)平組の変型
南洋材のように長い丸太で且つ長さが不整の場合,「又カン」を打ちこみ,ワイヤーでつなぐだけで適当な幅と長さに筏を組み上げてゆく。簡単なようだが,それなりに筏の形を整えるのはやはり一工夫が必要である。
筏にはすべて「アダ書き」をつける。いわばその筏の名称である。原則的には平組の筏は中央部の丸太に,北洋材・内地材のような引っ掛け筏は,その一番後ろの引っ掛けの真ん中辺りに,「ガリひき」(後述)で刻みこまれる。例えば,中南丸 六号 六十本 という具合である。南洋材のような太い丸太はガリひきによるアダ書きの他に白ペンキ等で大書きされることが多かった。ガリひきによる刻みこみは消滅することはないが,往々にして見難く,アダ書きを見つけるのに手間取ることがあり,白ペンキで太書きすれば直ぐに分るし,見易くもあった。
沈り材(シモリ材という)のこと
丸太はすべて浮くものとは限らない。南方の材には(時には国産の丸太でも)沈木も結構あった。これを浮かせて筏に組みこむには二つの方法があった。共に沈木を普通の浮かぶ丸太にくくりつけて浮きを保つ方法,「お馬」と「本吊り」である。「お馬」とは一本の浮いている丸太(浮き木という)の両側に沈木を並べ,多くの場合針金で浮木に縛りつけて(抱かせて)浮かせる。「本吊り」はこれより一層重い丸太の場合で,沈木を挟んで両側に浮木をつけ,同じく針金で縛着する。書けば簡単だが実際には,却々手間のかかる作業である。特に南方の材木には結構沈木がある。
2.数詞,算え方,記号
(1)最も一般的な数詞(数の呼称)は木材業界でも,川並仲間でも共通のものである。
1 2 3 4 5 6 7 8 9
本 ロ ツ ソ レ タ ヨ ヤマ キ
(2)丸太の木口(末口)近くに,その丸太の長さと径を,棒墨若しくは「ガリひき」で
書き,刻む記号がある。
一 3寸 6寸 1尺
二 2寸 4寸 7寸 1尺2寸
三 8寸 1尺3寸
] 5寸
]] 1尺5寸
U] 1尺2寸5分
「一」の場合,それは末口径が3寸の場合と6寸,1尺の場合,つまり三通りの大きさを表示する。区別は実物を見れば分るだろうということだ。
このように一箇の表示が3〜4通りの径を表現する訳である。
(3)呼称
一般的呼称と別に川並独特の呼び方がある。
ピン リヤン サンピン ヨツヤ ゴヘイ リクゾウ ヤオヤ ヤゾウ
1 2 3 4 5 6 7 8
キウベエ ハライタ メシモリ
9 10 14
「7」のヤオヤは,八百屋お七,10(1尺)のハライタは腹痛,昔の“癪”,14(1尺4寸)のメシモリは杓子,(尺四)のしゃれである。尺四寸以外の尺上(シャクカミ)丸太は上記のピン,リヤンをそのまま使う。
この呼称は前述の北洋材の「一本通し」と呼ばれる検量方法の時に大変効用的である。買手側の寸検人が,絶え間なく足下,目下に突き出されて来る丸太の径を物指を用いず,一瞬の裡で目測し,径を呼んでゆく。売手の寸検査人も同じくこれを見張っていて,納得がいかなければ「待った」を掛けるのである。
3.川並の用具
先ずは「長鉤」である。すべての作業に手離せないものだ。身長に依て使い勝手の良し悪しがあるから長さは各人微妙な差があるが,標準としては2間12尺(3.64m)〜12.5尺(3.78m)である。筏を組む時も,桟取りを積み上げる時も,丸太を返す(回転して浮いている部分だけでなく,水中に沈んでいる裏面も見る)際にも,ばらばらに浮いている丸太(散り木と云う)を押し,突き,離し,手もとへ引き寄せる際にも,また鉤になってる竿の先の金具の背となっている刃状の部分を使って筏を組んだ縄を,或はもやってある筏の縄を切る時にも,これほど便利で使い勝手のよい道具はない。場合によっては丸太の長さを計る時にも使用できる。
半纏を着た川並が長鉤を振るっている姿はまことにサマになっていて美しい。長鉤を丸太の上にポンと立てて,その傍に立つ川並の姿は「いなせ」でさえある。
余談だが,アメリカ西海岸で筏作業に従う人夫たちの使う,この長鉤に該当するのは木を竹ほどの太さに仕上げ,長鉤の竹竿よりやや短かい3m位の棒の先端に引っ掛け用と突き離し用の先端を持つ金具を取りつけたものだ。竹と違って撓わないから弾力性がなく使い勝手も悪いし,使うその姿が,やはりどう見ても無骨だ。筆者がアメリカ西海岸の貯木場で,そうした作業に交わった時,更めて長鉤のよさをしみじみ思わせられたことがある。
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図-1
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図-2
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長鉤の先端につける金具は,木場に三軒あった鍛冶屋が造った。この部分(図-1)は先端を研いでナイフの刃のようになっている。ここで縄などを切る。穴があいていて,この穴に竹竿をこのように(図-2)入れ,竹を細かく割って2〜3cmの長さにしたものを,詰めて締める。
長鉤は後述の居小屋の梁桁の間に横に通して置いておくか,時には立て掛けても置く。筏回漕の時に筏の上に自転車を乗せておき,筏を届けたら自転車に乗り,長鉤を担いで帰って来る。自転車を利用しなければ,長鉤を担いで歩いて帰って来るしかない。その姿も一応サマにはなっていたのである。
木場内を出でて,隅田川を上り,その帰り道芝居見物としゃれこむ時は,長鉤をその芝居小屋の入口近くに立て掛け,新しい印半纏に着換えて入ったことは先に述べた通りである。
その長鉤も,昭和40年頃からは,竹竿でなくポリエチレン製のものが出現してきた。一応弾力性だけはあった。
大鳶 長さ1.5m位の木の柄の先に20cm程の鳶口をつけたもの。桟取作業の時に長鉤と共に丸太に打ち込んで引っぱるのに使うのが主な用途。
小鳶 ハンマーである。太い丸太に「又カン」を打ちこんで筏を組む時に,又カンの打込み用,又その取り外し用に用いた。大鳶より可成り小さく,柄の長さは40cmほど。
又カンと一緒に袋に入れて腰につけていた。
又カン 丸太一本ごとに打ちこんで筏組みする時に用いる。 こんな形の,両端をとがらせた鉄の半円を深くしたもの。この間にワイヤー,又は麻縄などを通して丸太を繋げてゆき,筏をつくる。但し木曽桧とか,秋田杉のような高級材には使わない。丸太に傷をつけることになる。主に南洋材等,或は米材等それほど高級材ではなくて,太い丸太を繋げるのに使う。縄と違って簡単に筏を組めるので広く用いられる。
太針金 上記又カンを使う筏組み,或は筏繋留用等に使う。
縄(ワラ縄)と籐縄
ワラ縄は丸縄とも呼んでいた。筏組に使う。籐縄は籐のつるを編んで縄にしたもの。丈夫なので隅田川筋への筏回漕等,強度を必要とする筏組みに使った。
麻縄 更に強度を必要とする場合,米材のマツ,ツガ等角材を締めて筏組みする時にも使う。
計器類
1.ひっかけ指し
竹材,厚さ1〜2m/m,中2〜3cm,長さ1尺5寸(45cm)〜3尺(90cm)が普通だが長いものは6尺(180cm)の物もあった。
その目盛を刻んだ先にカネの爪が着いている。そのツメを丸太の木口へ引っかけて径を計る。最も一般的な物指しである。
2.挟み指し
真鋳製のものと,箱差しといって木の組子になっているものに,それぞれ目盛りをつけたものとがある。何れも木を挟むようにして,径を計る。箱指しは,それ程大きいものはなく,1尺5寸(45cm)から2尺(60cm)くらいまで。真鋳製のものは南洋材等太い丸太を計るのに必要とされ,45cm〜150cmくらいまであった。
真鋳製の150cmの挟み指しは,それ自体でかなりの重さがあり,これを振りまわして検量するのには相当な体力も必要である。
丸太の長さには,殆どの場合多少の遊び(延び)が付いており,例えば長さ3.8mの丸太でも3.9m以上の長さに採找されるのが普通である。その場合,丸太の径を計る場所は元口から3.8mの位置でなければならず木口へ,ひっ掛しのように直接物指しを当てるわけにはゆかない。挟み指しが必要になってくるのである。
序でだが,そうした場合の計量法には「絲回し法」といって該当場所を絲で巻いて径を測定するという方法が,洋の東西を問わずに存在する。
色見(いろみ)
ほかに呼びようがないので「いろみ」と称している。長さ40cmあるかなしかの木の柄の先に,長さ10cmほど,幅2cmほどの金具をつけ,その一方はとがらせ,他の一方は刃のように薄くして,共に丸太の木口或いはどこにでも打ちこめるようになっている。両先とも僅かながら木をえぐり出せる。こうして丸太の色とか,材質とか,場合によっては匂いまで調べるための,小さいながら材木屋にとってはなくてはならぬ道具である。
ガリ引き
丸太の長さ,径,時には筏の名称(たとえば平安丸一号 二十本というように)等を刻みこむのに必須の道具だが,これは寸検人(又は世話役)だけが腰に挟んでいる。関西筋と深川木場のそれとでは微妙に形が異なる。丸太の表面を切り刻むよう形にしつらえた,短かく,独特の鍵がたの形の金具に15cmほどの軽い柄をつけたもの。一時的には「棒墨」で丸太表面に書きつけて間に合わせる場合もあるが,それだけでは見にくいし,雨風にも堪え得ないから,どうしても「ガリ引き」で刻む必要がある。
(次回,第4章川並の生活,第5章川並の文化について)
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