東京木材問屋協同組合


文苑 随想

原木(丸太)商売盛衰記(完)


白坂 鐘蔵



 組合月報5月号以来,私の父より受け継いだ原木屋の経過についての拙稿の為に,月報の貴重な紙面を使わせて頂き感謝の外はありません。
 特に創刊以来,通巻650号に当る記念すべき月報10月号載せて頂いた事は名誉な事で,今迄長く役員をさせて貰い,月報にも度々掲載されましたが,今回のように7ヶ月連載出来た事は初めてで,やはり,話す事と文章にする事とでは大変な違いであり,余り変な事を書くと頭の程度を疑われることにもなりかねないので資料についてもある程度は調べた上で書かなくてはならないと思った。
 現在はすっかり影が薄くなっているが,やはり木材の原点は丸太にあると確信しており,住宅には一生に一度か二度の衣,食,住の中で尤も住宅の建築は気を使う所であり精神的にも安らぐ場所であるので,希望の物を作るには丸太から製材して造り出すのが本筋である。丸太→製材→卸→小売の流れが本来の流通の姿である,と今でも思っている。
 今は,何でも新しい物が良くて古い昔の話を何故話すのか疑問に思っている方も多いと思うが「温故知新」論語の孔子の言葉で「故(ふる)きをたずね新しきを知らばもって師と為るべし」人を指導する事が出来ると述べているが,過去の経験は大事である。
 昔より良く旅行をするが,列車の中で隣り合わせた者となるべく話をする様に心がけており,特に年寄りには自慢話より今迄どの様な失敗があったかを極力聞く様にしている。
 日本経済新聞の裏面には「私の履歴書」が連載されているが,余り好かないのは殆ど過去の自分の自慢話が多いからで,失敗の話は仲々話したがらないが,人生は失敗の連続の中で二度と繰り返さない様に体験して行くものであると思っている。
 新木場や旧木場の中でも,親や祖父から受け継いだ家業を一生懸命やっている姿を見ると頭の下がる思いがする。なんとか頑張って欲しいものである。
 その様な方々に私の細やかな体験や過去に聞いた話を参考にして頂き,少しでも役に立つ事が出来れば幸いである。

(1) 10万円のお金も貸せない様な相手に,何百万も品物なら売ってしまうのを見るが,絶対にすべきではない。
売上が落ちると,つい焦って売って仕舞うが,手形でも現金でも売る事は貸すのと同じ事であると認識すべきである。
(2) 営業の規模をは拡大する事は簡単であるが,縮小する事は数倍の努力が必要であり,自分の目の届く範囲に止めておくべきである。
(3) 経営者の決断は速やかにすべきである。
「為さざると遅疑する事は行なって失敗するより悪い」とは私が士官学校で習った「作戦用務令」の中にある言葉で,今も脳裏に焼き付けられているが,最近の三菱自動車のリコール隠しや,古くは,雪印乳業の様な経営者が,決断出来ず,会社に大変な損害を与えている。
尚,遅疑するとは「ぐずぐずする」事で,傍観して何もしないのと共に経営者として尤も忌むべき事である。
(4) うまい割りの良い話には必ず裏がある。
詐欺師の常道として全部,嘘ではどんな者でも人は騙せないが何%か本当の事を入れて,それを強調させる事で信用させるので気をつける事。
他店にあった事であるが,突然トラックと買い手が一緒に車で乗って来て半分を現金で支払い,残りを手形で払うからと品物を持って行き,手形が期日になって不渡りとなり,馬鹿を見た話を聞いた事があった。
(5) 迷った時には原点に戻れ
種々と商売をしていると悩み迷う事は出てくるもので,私が山岳部にいた当時,良く先輩に教わったことであるが,「山道で迷ったら元の道迄,戻れ」と厳しく言われた。人生も同じだと思う

 私は人に種々と教える程の度量は無いが,今迄に種々の人との出会いの中で教わった事も多く,何か一ツでも参考にして貰えたら本望だと思い,恥ずかしかったが書いた次第である。

   



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