東京木材問屋協同組合


文苑 随想

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No.57 「白神山地」の秋。日本の世界遺産シリーズNo.2

青木行雄

 平成16年10月16日羽田発8時15分、秋田行の日本航空261便は20分遅れの出発であったが,秋田にはほぼ定刻の到着であった。1時間弱のフライトであったが,心は世界遺産「白神山地」のブナ林の中にあり,感動に胸を膨らませていた。
 秋田空港到着後すぐにバスは秋田→能代→二ツ井を通り白神山地世界遺産センターのある藤里町「ゆとりあ藤里」に着いた。この藤里町「ゆとりあ藤里」は第3セクターで白神山地の入口で案内役をつとめる建物,天然の温泉もあり結婚式場も兼ねている。ここが世界遺産になってから,出来た新らしい設備で宿泊食事も出来るし秋田の片田舎にはふさわしくない建物である。
 このすぐ下に同じく白神山地「世界遺産センター」藤里館があった。
 この施設の建設・管理は環境省直轄で国の持物である。運営は活動協議会(環境省・秋田県・藤里町)が当たっていると言う。この建物には,かなり木が使われており,5億5千万円かかったとの話であった。
 この目的は,白神山地世界遺産地域及び遺産周辺地域の自然保護の普及・啓発とのことで建設されたと聞く,世界遺産に指定されていなければ,なにもない秋田山村の片田舎に来る人もなく,こんな立派な建物も出来る事もなかったであろうと,人生にも共通する意味がありそうなそんな事をふと思った旅であった。
 遺産センターを出たバスは藤琴川にそって途中舗装がなくなり山道のデコボコ道を通り約1時間,釣瓶落峠についた。この峠から見る紅葉は圧巻である。今年は台風の影響で葉が紅葉になる前に落葉した木があって平年紅葉と違う場所も全国的には多いと言うが。
 藤琴川にそって県道317号は秋田県から青森県に通ずる峠に県境のトンネルが開通して新しい観光ポイントとして注目されたと言う。確かに,このトンネルをくぐると景色はがらっと違い新らしい景観が楽しめた。
 この峠の山々にはツキノワグマが多く生息して秋冬眠の前,ブナの木に実がたっぷり実をつけた頃,木々にすずなりのクマが見える事があると案内人の話であるから,かなりのクマがいるのだろう。又獣道があってそこから吹いて来る風は獣の匂いがすると峠で案内人は指をさしたが,私の鼻には白神山地の秋のさわやかなブナの紅葉の秋風しか利き分けることが出来なかった。東京ではとても味わえない甘いそよ風の匂いがした。
 今年はクマが民家に出て来て全国的に被害をもたらしているが,本土に押し寄せた10ケにのぼる台風のせいだと案内人ははっきり言った。この辺のクマはブナの実を主に食していると言うが,ブナは実をつけたまま4ケにはじけて実を落とす,殻をつけたまま落ちた実には中身がないと言うから,台風で落ちた早めの実は殻だけでクマの食料にはならなかったのである。今年の自然界はうまく行っていないようだ。

 それでは白神山地について資料より調らべて拾い書きして見る。

 白神山地は,秋田県と青森県にまたがる約6万5千ヘクタールに及ぶ広大な山地帯の総称であると言う。
 この内,原生的なブナ林で占められている区域1万6千97ヘクタールが1993年(平成5年)12月に世界遺産として登録された。登録された区域は,大部分が自然環境保全区域(一部が県立自然公園)に指定され,更に登録区域が森林生態系保護地域として保護されている。また白神山地に生息する特別天然記念物のニホンカモシカをはじめ,クマゲラ,イヌワシ,ヤマネの天然記念物は,登録区域の内外を問わず文化財保護法により保護されていると言う。
 全体の約三分の一が秋田県で,全体の約三分の二が青森県で青森の方が広範囲。

 白神山地の地質と地形については,
 白神山地の誕生は,今から約200万年前に始まった日本海の隆起に起源するといわれ,ブナ林の誕生はおよそ8千年前の縄文時代の草創期ではないかと記されている。
 白神山地の地質は,花崗岩を基盤に,堆積岩とそれを貫く貫入岩で構成されている。
 地形の特徴は,深い谷が密に組んでおり,谷壁が急傾斜をなすため,V字渓谷で高低も大きく景観に優れている。
 十二湖,側から見る山々は日本のグランドキャニオンと言うとガイドが言っていたが,景観もすばらしい。
 白神山地の特徴は,人為的影響を殆ど受けていない源流域を中心に,分断されないまま原生的なブナの天然林が世界最大級の面積でほぼ純林として分布していることである。
 また,このブナ天然林の中には,ブナをはじめサワグルミ,ミズナラなどの落葉広葉樹が分布し,ツキノワグマ,ニホンザル,イヌワシなど多種多様な生物が生息し,白神山地全体が森林の博物館的景観を呈していると言う。
 白神山地が世界自然遺産に指定されたのは,手つかずのブナ原生林がまとまって1万7千ヘクタールも残っているのは地球上で白神山地だけといわれている。しかし,世界一広いブナ原生林というだけの理由ではないと言う。8千年前からブナ林と共に自然のまま育まれてきた,さまざまな微生物が生息していると考えられるからである。秋田県食品研究所が1997年(平成9年)に関係機関の許可を得て遺産地域指定区域1200箇所から試料を採取し遺伝資源の中でも,食品素材としてさまざまな働きをする「酵母」を採取することに成功し,最近は「乳酸菌」も発見されたと言うのである。このように,酵母をはじめとする微生物は,私達の生活に欠かせない貴重な自然資源と言える。だから白神山地の核心部分には,そこで生活している動物以外は入ることが出来ないとされている。
 日本最古の陸地と言われる白神山地は,生物が最も長く生息している地域の一つである,生物は時間の流れの中で自然淘汰されていく,強い種が残り,弱い種が滅んでいき,現在白神山地に生息している微生物は生命力,競争力に強い種であるといえる。
 白神山地を語るとき忘れてならないものに「水」がある。樹齢150年から200年のブナ林は,1ヘクタールに3トン位の葉を落とすと言われるらしい。その葉が,小さな昆虫や微生物そして菌類の生物たちが6年から7年かけて分解して腐葉土に変えると言う。
 ブナの葉から幹に伝わった雨水が,根もとの腐葉土の中へ染み込んで行く,染み込んだ水は,分厚い腐葉土の中の微生物などに浄化されながら地下深く浸透していく。不純物を除かれ,そしてミネラルを含んだ水が何年か何十年か後に再び地表に出て,小沢を作り,川を形成して下流域の水田で稲作に利用されたり,地下水は上水道として利用されて行くのである。

 世界遺産登録までの経緯としては,
 1981年(昭和56年)に白神産地を横断する青秋林道の路線決定がなされ,翌年には林野庁が林道事業実施計画を承認した。82年には秋田・青森両県で工事着工が行なわれた。84年には,建設促進する側と,建設を阻止する側の双方が県議会や秋田営林局(当時)にそれぞれ陳情や要求書を提出し,開設をめぐる論争が起こった。様々な立場から多くの主張がなされ,自然との調和を保ちながら森林の利用を図っていくとの重要性が大きくクローズアップされてきた。
 1987年(昭和62年)秋田・青森両県が夫々の水源涵養保安林解除申請に同意や予告告示をするなどいよいよブナ原生分野に着手されそうになったとき,自然保護団体が保安林解除への異義意見書を青森県に提出したのに対し秋田県が秋田工区の新規開設中止を表明,1988年(昭和63年)両県とも工事断念することになった。このような状況を背景に林野庁は1990年(平成2年)白神山地など7箇所の国有林を森林生態系保護地域に設定した。1991年には,環境庁長官が白神山地を視察し,翌年の92年(平成4年)環境庁長官が白神山地の自然環境保全地域指定を告示し,その翌年の12月に世界遺産委員会が世界遺産条約に基づく自然遺産に鹿児島県屋久島と共に登録され,一躍脚光を浴びることになったのである。

 日本国内の中の世界遺産には白神山地を除いて全て核心地区に入り見てふれる事が出来るが,ここ白神山地だけは区域の中に入る事さえ出来ないし道もない。だから,どうしても行って見たい人は環境省の許可を貰い,川・沢から入るしかなく,クマの保障はないと言う。だから白神山地行きは世界遺産周辺の似通ったブナ林を見てふれて満足するしかないことになる。だから不満と言う考えもあるが,仕方がない。私もその一人である。
 確かに,この周辺にはブナ林が多く,私達が行った場所,藤里の世界遺産センターから約60分の所に岳岱自然観察教育林がある。ここに行く途中はデコボコ道の山道で大型バスは勿論,通行出来ない。小型バスでもすれ違いに何回か待機した。この周辺は昔,太良鉱山があって人口何万人かが生活した事があったと言う。そして,材木を運ぶ森林鉄道があった面影が残り郷愁を誘った。昔,相続で財閥から引受けた山を立石林業が木を植え山林が育ったような話をいろいろと案内人が話してくれた。
 と言う訳でブナ林を岳岱自然観察教育林で見たのである。
 だが,この教育林,約12ヘクタールあるブナ林で全部の散策には何日かかかる広さである。
 この岳岱の特徴は,「原生林的ブナの調和,人工的なおもむきを感じさせるが,自然
庭園そのものであり,ブナ林の生い立ちや小動物・植物の観察や腐葉土の状況など遺産地域同様の白神山地を気軽に堪能できる。新緑のブナの花,真夏のブナ林,そして,黄葉のブナ林と四季折々にその衣装を替えるブナの姿が肌で感じられる」のは案内書の記事だが,この中に400年も経つブナの木がある。自然のままに放置してあり,大木の根元には老木の枯木が横たわり,苔がむしていた。先日の台風で折れた木がそのままで横に倒れており,木の自然循環の姿がこの目でみることが出来た。
 神秘的な世界遺産白神山地を想像して行くことになったが,核心地区に入る事が出来ず,観光を主にした一般開放部分のみの見学におわった視察は,大感動までには至らなかったが,木々の大自然界におりなす情みたいなものをしみじみ感受した旅であった。

平成16年10月31日記
※藤里町にある「世界遺産センター」この建物で5億5千万円也。同行の仲間の姿も。
※獣道があると言う釣瓶落峠から見た山容。遠くに見えるブナの木にクマの姿が見えるのは,いつの日か。

※岳岱教育林の中にある400年のブナの木,下に枯木の老木が腐蝕していつか肥料となる自然循環の姿。
※ブナ林の小径を散策する仲間,木の気をもらって,森林浴を満喫。


やまね Glirulus japonicus
冬眠するのでよく知られる,ネズミに似た小獣。げっ歯目ネズミ亜目ヤマネ科。日本特産の属種で,体は小さく頭胴7〜8cm,尾は4.5〜5.5cmで長毛を有し,リスの尾に似る。耳介は小さく,冬は木の穴,小鳥の巣箱,物置などに入って冬眠する。このときは,まりのように球形になり,机の上などでころがしても容易に目をさまさない。




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