東京木材問屋協同組合


文苑 随想

見たり,聞いたり,探ったり No.102

国宝「薬師寺展」を拝観して

青木行雄
 「お〜凄い。」広い空間に2対の立像が照明を受けて黒光りの光沢を放ち,優雅に立っている。人々は360°廻りながら,ある人は願望の眼差しで,又,ある人は祈る思いで目が潤む。1300年もの大昔に作られた日本最古の仏像なのだ。何度か現地で手を合わせた事があったが,奈良を離れ,初めて薬師寺から持ち出された立像である。しかも,普段はこの菩薩像には,背中に光背という金色の飾りが付いているが,この展覧会では光背を外した姿で出展している為,360°初めてのお目見えである。背の高さは3m以上もあって,言葉では表現の仕様がない程,感激した一時であった。
 そして,すぐにこの薬師像に,男性なのか女性なのかの疑問を抱いたのである。
 今回の薬師寺展には,薬師三尊像のうち薬師如来像にはお目見え出来ない。現地,東西両塔に囲まれた中心に金堂があり,その内陣にご本尊薬師三尊が祀られている。その両脇の向って右手に日光菩薩,左手に月光菩薩が配されており,その両菩薩像が今回の薬師寺展での大きな主役となった。
 現地でこの三尊をよく拝礼すると中央の薬師如来像が男性で,両菩薩は女性ではないかと思っていたが,身近に見ると判断がつかない,そこで現地のお寺さんに聞いて見たら,『男性と考えていいでしょう』と,曖昧な返事であった。
 あまりにも素晴らしい立像なので,写真を撮らせて欲しかったが「撮影禁止」で駄目であった。そこで立像の説明をする為にパンフをお借りして,この両菩薩の内容を記して見る。
 
※雨降りの日であったが,展示場はかなりの人出で
あった。
 向って左側が,国宝「月光菩薩立像」で,金堂本尊薬師如来の右(向かって左)に立つ像である。右側の日光菩薩と共に本尊の両脇に立つ薬師三尊像として制作されている。写真には無いが薬師如来が安定感のある堂々とした体躯の座像であるのに対し,両脇像は,三曲法という動きのある体躯表現を示していると言う,この腰をひねった,左足に重心をかけた姿は,大変不謹慎な言い方かもしれないが,今流に言えばセクシーに見える。そして上半身裸で,またまた今流のへそまで出しており,ネックレスや薄い布まで上体にまとい,腰にはきらびやかな布切をまとっており,イヤリングまで飾り,この姿を男女どう見るかは,自分の想像に任せる所らしい。
 わざわざ,奈良の薬師寺まで後日電話した所,その場で返事は返って来なかったが,『男性と思っていいでしょう』との返事に,こんな電話をわざわざする奴も居ないのかと自分で笑った次第である。
 話が横道にそれてしまったが,左側が「月光菩薩」右側は「日光菩薩」である。左右向きは違うが,大体,同じ格好をしている。日光菩薩,月光菩薩と対照的に左,右に夫々重心を置き,左,右の足を遊ばせる事を支脚遊脚の姿勢と言う様だが,上体を左・右に,頭を右,左に傾けて,絶妙な運動感を示している。こうした仏像の表情の動きはインドのグブタ彫刻に端を発し,中国の初唐彫刻を経て日本に伝わったと言うのである。
 何れにしても,3m以上もある大昔の立像を奈良では見たものの,こうして仏像と言うより,美術品立像として見た今回の菩薩は,表現の仕様がない程,感動したのである。
 後,先になったが,そして,もう,とっくに終わった展覧会ではあるが,本展の見所を記しておきたい。
※第1会場の入り口である。第1にお目見えは「八幡三
神坐像」であった。市原悦子のナレーションによる音
声ガイドによって,詳しく説明を受け,感動の連続で
あった。
   この展覧会は,平城遷都1300年を記念して開催されたもので,日本仏教彫刻の最高傑作のひとつとして知られる金堂の日光・月光菩薩立像(国宝)が揃って寺外で初公開されたのである。又,聖観音菩薩立像(国宝),慈恩大師像(国宝),吉祥天像(国宝)などの仏像,絵画の至宝に加えて,神像の名品として名高い八幡三神像(国宝)や草創期の寺の姿を辿る考古遺物など薬師寺の貴重な文化財を見る事が出来た。
 特に,寺内では日光・月光菩薩立像はその光背の為に,又聖観音菩薩立像も厨子内にある為,その素晴らしい側面や背面を良く見る事は出来なかったが,本展覧会では,この菩薩像をあらゆる角度から見る事が出来たのである。
 では,薬師寺について・・・・・
 法相宗大本山,薬師寺で奈良市西ノ京町457番地にあり,昔修学旅行で行った事を良く覚えているが,その後縁あって3度ばかり行く機会があった。行く度に見る年齢差で何か別の感動を覚えたものである。
 薬師寺は,天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願って680年(天武天皇9年)に創建を発願した由緒ある大和の古寺である。天武天皇は完成を見る事なく世を去り,持統天皇が飛鳥の藤原京に伽藍を造営,698年(文武天皇2年)頃完成した,となっている。その後,平城遷都に伴い,718年(養老2年)に現在の地,西ノ京に移転されたとなっている。
※1300年前の姿を保つ「東塔」である。平成16年6月6日,
現地薬師寺に行き,私が映した写真。堂々とした往古の
佇まいを偲ばせている。
 度重なる災害の為,伽藍のうち奈良時代の移転以来の姿を保つのは東塔だけになったと言う。しかし,昭和の半ばを過ぎた頃から,写経勧進によって集まった浄財を元に,金堂,西塔,中門,回廊,僧坊,大講堂などが復元され,1998年(平成10年)には,「古都奈良の文化財」のひとつとして,ユネスコの世界遺産に登録されたのである。

 薬師寺には,この度の薬師寺展メイン展示美術品,金堂の薬師三尊像(展示は二尊)や東院堂の聖観音菩薩立像,三重塔(東塔)などをはじめとする日本を代表する至宝が,長い間大切に守り伝えられている。そうした質の高い文化といつでも,薬師寺に行けば,対面出来る素晴らしい名刹である。こうした貴重な名品,名菩薩が,わざわざ奈良まで行かずに見られるとは・・・。年齢を重ねる毎に感動の度合いは違うのだが,今回は,行く時間や費用も掛けずに,半日程の手配で貴重な最高美術品にお目に掛かれた事に感謝し,この薬師寺展開催に関わった人達の苦労にお礼を申し上げ「東京国立博物館・平成館」を後にした。

平成20年6月15日記

 

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