大分前のことだが、欲を小さくし、足るを知って生きれば心が穏やかになる。是非そうしなさい。多くの人々がそうなれば世の中が静かになり、住みよい国になるのではなかろうかと述べている新聞の文化欄を読んだ。確かにその通りだが、それでギスギスした現在の社会が果たして良くなるのだろうかと考えてしまった。
宗教哲学者と思われる新聞記事の寄稿者はわが国の、そして世界の経済についての思慮が欠けているように思ったのである。
現在の世界経済は一昨年のリーマンショックを各国の政府や中央銀行により何とか表向きは事無きを得たが、今度はギリシャ経済の破綻でEU各国が大騒動、その支援金をめぐりEU各国の同意が仲々まとまらず、時間がかかっているうちに傷口が大きくなってしまった。やっとまとまってギリシャ経済の応急措置は出来たが、ギリシャ経済よりはるかに大きいスペインも噂にのぼっている。スペインは失業率が20%近くもあり、経済はガタガタらしい。また最大の支援国となるドイツでは、納税者である国民が、自分達が納めた税金が他国の為に使われることへの不満がある。最近の「News Week」誌の記事によればドイツがECから脱退し再び貨幣をマルクにするかも知れないとの噂もあるらしい。同一通貨ユーロでEU内の貿易を促進するという理想で始まったECだが、ガタガタになってきたようである。
そして今度はメキシコ湾における海底油田採掘工事の事故で大量の原油が流れ出し、メキシコ湾から北大西洋に流れ出す惧れもある。採掘工事者は英国のBP社で、BP社は米国のオバマ大統領との会談で1兆3500億円の損害補償金の支払に合意したが、補償金は更に増えるかも知れない。BP社の株価は事故前の半値以下になっているが、英国の国民の約3割がBP社の株式を持っており、英国の王室も大株主とのことなので、英国、そして英国民に与えた損害は膨大である。英国はECに加入していないので、ギリシャ問題とは無関係だったが、石油流出により大打撃を受けてしまった。
世界経済がこのような情勢のなかで、わが国は比較的平穏であるが、財政赤字の拡大は止まることがない。消費税の増税は避けられないし、高齢者が年々増えていることも考えると、財政再建の道は容易でない。
天然資源が少なく、山地の多い狭い国土で1億2千万人余が暮しているわが国なので、生活物資も多く輸入に頼っており、そのためには輸出に力を注がねばならない。輸出振興のための技術開発投資が必要だし、世界を相手に商売をする貿易にも力を注ぐ必要があろう。従って法人税率を世界各国並みに引下げなければならない。
しかし一方で、消費税が上がり個人所得税率も上げれば、人々の消費支出が減少し更に不況になってしまう。不況になれば個人も法人も所得が減少し、所得税、法人税等の税収も減少する。財政再建が難しくなろう。
このような情勢のなかで「小欲知足」が可能であろうか。今年4月の新入社員に対する社長の訓辞が新聞に載っていたが、どの社長もチャレンジ精神を強調していた。仕事への前向きの大欲が日本経済、そして日本社会にとって今程必要な時はないのである。「小欲知足」では個人も企業も、そして国家も生き残れないのである。
「小欲知足」は実務を離れた70歳をすぎた老人にだけは許されるのかも知れない。
「小欲知足」をそのように捉えたのは、私が満85歳になったからであろうか。
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