東京木材問屋協同組合


文苑 随想


『歴史探訪』(60)

江戸川木材工業株式会社
常務取締役 清水 太郎

 月日の経つのは早いもので、もう師走となりました。今年1年を振り返って見ますと、内憂外患、多難な年でありました。
 国内に在っては、政権交代はしたものの、経済は依然として回復せず、来年度卒業する大学生の就職内定率は57%、なかでも女子が厳しい。高卒予定者に到っては50%にも満たない氷河期であります。
 欧州に於いては、アイルランドを始め、PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシア、スペイン)諸国が危機状態で、独、仏主導によるEUは一体どうなるのでしょうか。日本の周辺でも、中国漁船による尖閣列島に於けるトラブル、北朝鮮は金正日の後継者、金正恩氏台頭に伴う示威行為による突然の韓国砲撃、沖縄米軍基地移転問題等々、難問山積で内閣支持率は下降の一途を辿り、一旦表舞台から退場した小沢一郎待望論まで出て参りました。
 先日買った文春新書『日本人へ』(塩野七生著)を手に取りましたら、中のページをめくる前に、帯封に、「亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起こるのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起こるのだ」とありました。
 今年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』は大好評のうちに11月28日幕を閉じました。この人気は、主役福山雅治の熱演もありましたが、今の混迷状態を救ってくれる理想の英雄像が龍馬と重なって見えたのではないでしょうか。
 しかし悪いことばかりではありません。科学の分野では、生涯を研究一筋に捧げて来た北海道大学名誉教授、鈴木章さん(80才)と、米パデュー大学特別教授、根岸英一さん(75才)が揃ってノーベル化学賞を受賞し、スウェーデンに向かいました。
 スポーツの世界では、南アフリカで開催された、サッカー、ワールドカップでは日本チームは大活躍をしました。大相撲では、千代の富士の連勝記録をあっさり抜いて、伝説の横綱、双葉山の69連勝に迫る63連勝を達成し、2日目に敗れはしましたが、滅げずに5場所連続優勝をした白鵬の快進撃は見事でありました。プロ野球では、パリーグでBクラスから逆転してクライマックスシリーズに登場し、下剋上といわれた勢いで、2位、1位を撃破し、日本シリーズでも劇的な活躍で日本一に輝いた、千葉ロッテマリーンズも私達に勇気を与えてくれました、西村監督は謙虚な人で、「これは私の力ではない、ファンの声援とチームの和の賜物です。」と語りました。
 和と云えば、南米チリの鉱山で、落盤事故により地底700メートルに閉じこめられた33人の作業員たちが、リーダーの統率の下に一糸乱れず団結し、絶望的な状況下でも決して希望を捨てずに、地上からの救出を待ち見事全員脱出し、世界中から賞讃を浴びました。
 しかし、何と云っても今年最も感動的であったニュースは、小惑星探査機「はやぶさ」奇跡の帰還でありました。60億粁という宇宙の彼方へ7年かけて遊泳し、地球生誕や生命誕生の神秘を探り、500米足らずの変形した小惑星「いとかわ」に軟着陸し、多くの困難を克服し、貴重なお土産を持ち帰った。川口淳一郎教授率いるプロジェクトの大成功は全世界の注目を集めた快挙でありました。
 今回は人類の宇宙探査について歴史探訪します。
 50年以上前、高校に於ける物理学の授業で「地球から人工衛星を打ち上げ、ある速度で地球のまわりを飛ばすと、衛星と地球との間の引力と、衛星の遠心力とが釣り合って周遊させることが出来る」という事を学びました。「2つの物体の間に働く引力は、二者の重さの積に比例し、距離の自乗に反比例する」これはニュートンが発見した「万有引力の法則」であります。ソ連のスプートニク計画は、世界に先駆けて、以上の理論を実践して人工衛星を打ち上げ、その半年後に衛星が月の裏側にまわって写真を撮り、世界中をアッと驚かせ、賞讃の拍手を送りました。
 私が大学に入った年(1959)講堂にソ連からガガーリン大佐が招かれて、1万人の学生を前に講演し、多くの候補者から選ばれて、人類初の宇宙飛行士となって遊泳を成功させ、生還するまでのドラマを淡々と語ってくれました。後に有名になった「地球は青かった」の件りでは全員が感無量の境地で聴き入っておりました。世界初の女性宇宙飛行士となったソ連のテレシコワさんが宇宙から地球に呼びかけた「私はかもめ」という言葉も感動的でありました。
 米ソは激しい宇宙開発競争を演じた後、米のアポロ計画により、月面に3人の人間が降り立ちました。第一歩を印した米宇宙飛行士の言葉は「これは小さな一歩であるが、これから将来大きな飛躍に繋がる一歩となる。」競争に勝った場面を見詰めていたケネディ大統領の悲痛な表情も印象的でありました。
 数年後、銀行が主催する研修会で糸川英夫氏のお話を聴く機会がありました。
 糸川氏は東大の学生の時、ある研究をし、それが来るべき太平洋戦争で攻撃の際に用いられる作戦であることは理解していたのですが、具体的なことは知らされておりませんでした。戦後何年か経って、『トラ・トラ・トラ』という映画を見ていたら「自分の研究はこれであった」と初めて理解したそうです。それは、海面すれすれにロケットを飛ばせ、敵のレーダーに見つからないで、標的を射止める作戦であったそうです。
 もう30年以上経ちますが、糸川氏の講演は大変興味深く、今でも鮮明に記憶しております。その中からいくつかを記述します。
 水には普通の水と重水があります。水を沸騰させると先に普通の水が蒸発して、重水が残ります。重水を電気分解すると酸素と重水素に分かれます。この重水素にレーザー光線を照射すると物凄いエネルギーが出て重水素はヘリウムとなります。このエネルギーを利用すれば電力となりますが、費用対効果の問題を解決すれば、日本は長い海岸線を持っておりますので無限のエネルギー資源を生む可能性があります。一方、これを悪用すれば中性子爆弾を作ることができます。中性子とはプラスでもマイナスでもない性質を持っています。プラスを男、マイナスを女に譬えると、中性子は6才くらいの子供と思えばよい。
 昔遊廊がありましたが、両側に遊廊が並んでいる細い路地を男が通ろうとすると、女に引き寄せられて店に引き込まれてしまう。女が通ると邪魔なので排除されます。子供が通ると、引き込まれも弾かれもせずに通り抜けることが出来ます。即ち中性子爆弾は、鉄製の戦車を破壊せずに中にいる兵士を殺傷する恐ろしい兵器です。
 もう一つ、蟻の生態を観察しますと、彼等の動きは、20%働き、80%は遊んでいるように見えます。これを性悪説の学者が分析するとどうなるか。蟻の集団から20%の働く蟻だけをピックアップしますと、新しい集団の80%は遊び、20%が働きます。
 ところが糸川氏の分析は、20%の働く集団と80%の遊ぶ集団を分けて、この二つのグループを遠くへ連れて行って放します。すると20%の働く集団は迷って自分の巣に帰ることが出来ませんが、80%の遊ぶ集団は迷わずにまっすぐ帰って来ました。即ち80%の遊びが20%の働きに生かされているというお話を聞いて、思わず目から鱗となりました。糸川氏の魅力溢れるキャラクターが後輩の学者達に受け継がれ、苦しくても希望を失わず、粘り強く団結し、「はやぶさ」の成功が成し遂げられたのではないか。

 



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