『歴史探訪』(61)
江戸川木材工業株式会社
常務取締役 清水 太郎
『長き夜のとおの眠りのみな目覚め、波のり船の音のよきかな』
これは回文歌と云って上から読んでも下から読んでも同じ文となることから、大変縁起が良いとされ、七福神が宝船に乗っている御目出度い絵にこの回文を添えて元旦の夜、枕の下に置いて寝ると素晴らしい初夢を見ることができると云い伝えられております。因みに七福神とは、大黒天、恵比須、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の神々様ですが、この内インドの神は三神(大黒天、毘沙門天、弁財天)、中国は三神(福禄寿、寿老人、布袋)、日本は一神(恵比須)です。
今年の干支は兎であります。ピョンピョン跳ねるので飛躍の年と云われる反面、あまり多くを望めば、「二兎を追う者一兎をも得ず」という諺もあり、欲はほどほどにするのが賢明である、と昔の人は教えております。所詮、初夢は絵空事に過ぎませんが、これに頼りたくなるくらい、昨今の情勢は厳しく、八方塞がりであります。昨年、「龍馬伝」で熱狂的な好評を博したNHK大河ドラマでありましたが、今年のテーマは「江」であります。大河ドラマは世相を反映するといつも云われております。江は信長の妹お市と浅井長政との三女として生まれました。天下取りを目指す信長が、盟友浅井長政に信頼の証としてお市は嫁ぐことになりますが、この浅井氏が朝倉氏と謀って寝返り、織田方を挟み撃ちにしたのですから、流石の信長も吃驚したことでしょう。この危機は殿(しんがり)を買って出た羽柴秀吉によって難を逃れます。一旦引き揚げた信長は体制を立て直して浅井氏を滅ぼします。江は浅井氏落城の折りに、母お市と姉二人と共に助け出され、お市は三人の女子を連れて、信長の最強の輩下、柴田勝家に嫁ぎ、お市親子は生涯安泰と思われておりました。ところが明智光秀の謀反によって天下の行方が揺れ動きます。光秀を最初に討った者が次のキャスティングボードを握ることは誰の目にも明らかでありましたが、勝家は越後の一向一揆の対応で動けず、家康は信長の接待で遊興の最中この変を知り、服部半蔵らに助けられて命辛辛駿府に逃げ帰ります。一方秀吉は、明智方の忍者を捉えて信長の急死を知り、急拠交戦中の敵と和睦し、中国から後に大返しと云われたスピードで戻り光秀を討ちます。これで益々増長する秀吉に業を煮やした勝家を賤ヶ谷の戦で破り、お市は勝家と共に自刃して果てます。三人姉妹は再度秀吉に救出され庇護を受けます。長女茶々は秀吉の側室となり、次女は名門京極氏に嫁ぎますが、三女江は、二度将来ある武将に嫁ぎますが、相手が病死、戦死して戻り、三度目に後に二代将軍となる秀忠に嫁ぎ、ようやく波瀾万丈の生涯も御台所の地位を得て報われます。
今年の大河ドラマのテーマに「江」が選ばれたのは、当初はまわりの政略によって二転三転する運命が、今の日本の状態に似ているからではないでしょうか。
江戸幕府が衰え始めて西洋の属国になる危を脱し、明治維新を成し遂げ、日露戦争で奇跡的に勝利はしたものの、太平洋戦争で壊滅的な敗北を喫しました。米国の庇護によって復興し、驚異的な経済成長を達成した頃の日本は、将に戦国の世を勝ち抜き、260年に及ぶ徳川政権を築いた日本とよく似ていることに大河ドラマの視聴者は気付くことでありましょう。徳川幕府は200年以上磐石でありましたが、翻って今の日本は、中国に追い越され、人口は減り、活力を欠いた日本丸は何処へ行くのでしょうか。これは大河ドラマを見ていても答えはありません。筋書は自分の手で描き、自国の将来に向かって針路を決めるのは我々自身であります。 |