高千穂と言えば、宮崎県山間部にある神話の街と知る人は多いと思う。しかし意外と行ったことがある人は少ないのではないか。私は大分県出身で隣県だから行こうと思えば行けたのだが機会に恵まれなかった。 この度、チャンスがあって、大分県の豊後大野市からバスを利用して高千穂入りが叶った。 6月の新緑の真っ只中で木々の緑は最も美しい時期である。秋の紅葉も想像しながら、いきなり神話の世界に突入。タイムスリップで、神話の再発見と子供の頃に見た神楽、天岩戸開き、天孫降臨等、高千穂の神話の世界にはまってしまった。
日本神話の初期についてチョット触れてみることにしよう。神話の原点と言うのは、712年(和銅5年)に完成したと言う『古事記』という日本最古の史書からであると言われる。
天地初めて発けし時、
高天原に成りし神の名は…
(中略)
国土がまだ若くて固まらず、
水に浮いている脂のような状態で、
水母のように漂っている時…
天地の始まりが書かれていると言うこの部分は、もう1つの歴史書、720年(養老4年)成立の『日本書紀』の方がより詳しいと言われている。この文を現代語訳にしていたので記してみたい。
「むかしむかし、天と地がまだ分かれず、陰と陽とも分かれていなかったころ、この世界は渾沌として、まるで鶏の卵の中のようであった。やがてほの暗く、ただただ広いその渾沌とした中に、何かわからないものが兆し始め、澄んで明るいものが次第にたなびきながら昇って行って天となり、一方の、重く濁ったものは段々凝り固まって地となった。
こうして天地が出来上がったが、それからしばらくして、その中から神々が生まれて来たのである。その有様と言えば、天地の始めの頃は、泳いでいる魚が水に浮かんでいるように、国土が浮き漂っていたのである。
やがて、まだ定まらないその天地の中に、葦の芽のようなものが発生し、やがてそれが化して神々になったのである。
最初に生まれた神様を国常立尊、次に生まれたのが国狭槌尊。次いで生まれたのが豊斟渟尊であります。以上三柱の神々はいずれも陽の気だけを受けて生まれた男の神様であった」と言う。
実は、この三柱の神を祀っている神社がこの高千穂に存在する。
このあと、夫婦神が七代にわたって出現していくのだが、その最後には、“国造り”“人造り”として男神「伊邪那岐命」、女神「伊邪那美命」の出現となり、この2神のラブストーリーがここ高千穂の神楽等で語り伝えられていくことになる。
この「伊邪那岐命」と「伊邪那美命」のラブラブをモチーフとしたのが高千穂の夜神楽33番のうちの20番の演目「御神体」である。
これは「国生みの舞」として、この神によるエロスをコミカルに描き、“子孫繁栄”を込めている。もちろんこの夜神楽をバッチリ見て来たと言うわけである。
こんなことで、日本のふるさと・山峡の街、高千穂は神話発祥の地として大変人気があり、高千穂の夜神楽は「重要無形民俗文化財」に指定され、今でも毎日観光「夜神楽」として舞われ続けている。
この夜神楽を見るだけでも、十分に高千穂に来た価値があったと思っている。
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※「高千穂神社」。高千穂を代表する大変神秘的な神社。重みがある。 |
※「高千穂神社」本殿。この中で正式参拝をさせて頂いた。御利益がありそうだ。 |
先ずはどこから書こうかと迷う程だが、やはり「天孫降臨」の地で歴史を刻む名社としては、やはり「高千穂神社」から記してみたい。 創建から1800年以上の歴史を持ち、平安朝期には高千穂八十八社の総社となり、武神、農産業、厄払い、縁結びの神として広く信仰を集めた。鎌倉時代には源頼朝の信仰も厚く、代参した家臣・畠山重忠が奉納したと言う鋳鉄製の狛犬や、手植えした樹齢800年の秩父杉がそびえ立っていた(神社書には800年とあるが各所にある神社杉等と比べるとかなり大きい)。
この高千穂の中に数十社ある神社の中で代表格の「高千穂神社」の境内に高千穂を代表する「神楽殿」があって毎夜、夜神楽が行われ、観光神楽として人気があると言う。
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※高千穂神社の境内。大木の杉が結構あって、大きい杉は樹齢800年以上と言う。 |
※杉の大木。高千穂には20近くの神社があるようだが、代表格の神社が「高千穂神社」だ。 |
「高千穂の夜神楽」について少々詳しく説明しよう。 神々と里人が舞い踊る「五穀豊穣」への感謝と祈りで夜を徹して舞を奉納する祭りである。 この高千穂の夜神楽は題目が33番ある。地区が6地区程分かれており、神社も20社近くあって地区の舞、系統も多少違うようであった。
観光用の神楽は毎夜1時間程、「高千穂神社」の神楽殿で行われているが、実際の神楽は毎年11月から2月にかけて、秋の実りに対する感謝と翌年の五穀豊穣を祈願して行われる村祭りである。高千穂に伝わる神楽は「天照大神」が天岩戸に隠れた際、岩戸の前で天鈿女命が舞ったのが始まり。神話の神々が多数登場するのも特徴と言われる。各集落ごとに定められた神楽宿に氏神様を招き、夜を通して、33番の神楽が奉納される。国の重要無形民俗文化財に指定されている全国各地の神楽の中でも夜神楽として登録されているのは高千穂の夜神楽だけのようである。
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※高千穂神社の境内にある「神楽殿」の夜景。この中で夜神楽が行われている。高千穂の夜は真っ暗闇となる。 |
※寄る神楽の風景。ほぼ満員の観客。400人ぐらいか。畳敷きであった。 |
各地区で行われる夜神楽は、11月過ぎから2月まで、昼過ぎから神事が行われ、夜6時頃から神楽の舞が始まり、33番の終盤は明け方になると言うが、雲と呼ばれる天蓋から紙吹雪が舞い散って終演となるらしい。
しかし、観光神楽はその見所を4番だけ、1時間余り、毎晩8時から9時までの熱演で、町内各集落の神楽保存会が毎日交代で担当し演舞していると言う。
観客の盛り上がり等により熱演の度合いが変わるので面白い。
では、4番を紹介するとしよう。
1、手力雄の舞(24番)主演・手力雄命
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※今夜の出し物を説明している。 |
天照大神が天岩戸に隠れてしまったため、力の強い手力雄命が天岩戸のありかを探すために静かに音を聞いたり、考えたりする様子を再現した舞。手には鈴と幣が持たれている。
2、鈿女の舞(25番)主演・天鈿女命
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※手力雄(たちからお)の舞。天照大神様「どこにいるのですか」と探す、手力雄命(たちからおのみこと)。 |
手力雄命の下調べにより天岩戸の場所が分かったので、今度は天鈿女命が出て来て天岩戸の前でおかしく、色っぽく舞って天照大神を誘い出そうとする場面。しなやかで美しい舞が披露されるが、演舞者は皆男と言う。神前では女性は舞えないらしい。
3、戸取の舞(26番)主演・手力雄命
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※鈿女(うずめ)の舞見入る観客達。はたして岩戸はひかれるでしょうか。 |
※鈿女(うずめ)の舞。天岩戸の前でおかしく舞い、天照大神を誘い出そうとする場面。しなやかで美しい舞が披露されている。 |
天鈿女命の舞により外の様子が気になり、岩戸の隙間から様子を伺う天照大神。その瞬間、手力雄命が自慢の腕で岩戸を開け持ち上げる場面。ここでは観客は大拍手喝采で盛り上がり最高であった。よくうわさに聞く場面である。 この岩戸の戸を手力雄命が天に向っておもいきり投げたら、長野の戸隠まで飛んだと言われ、戸隠神社にあるのではと言われる。
4、御神体の舞(20番)出演・伊邪那岐 伊邪那美命
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※手力雄命が岩戸を持ち上げた。天照大神を見事迎え出すことに成功。そして天高く投げ飛ばした。長野の戸隠まで飛んでいった。 |
※初めて日本に降り立った男女の神、伊邪那岐命と伊邪那美命。酒を造り、飲み交わす。夫婦円満を象徴。 |
客席も一緒になって楽しめる、人気の舞でフィナーレ。初めて日本に降り立った男女の神様、伊邪那岐命、伊邪那美命神様による舞。酒を造り、飲み交わすと少しずつ酔いがまわって来る。仲良く抱き合う姿が極めて夫婦円満を象徴しているのであるが、舞の終盤になり、酔いの深まった伊邪那岐命は客席に飛び込んで別の相手探しを始める。客席の女性を探しにぐるぐる回り、観客は大盛り上がる。すると怒った伊邪那美命が客席へ乱入してさらにヒートアップ。大騒ぎになるが、最後は仲良くなり元の鞘に収まり、ここで観光神楽は、めでたく終了する。ここは面白おかしく現代風の演出かもしれない。約1時間あまりの観光神楽であった。
この天岩戸伝説がそのまま、天岩戸が御神体で「天岩戸神社」と言う神社が別にあった。このような神話につながる神社が高千穂に20社近くあり、また「天安河原」という場所があって、神話伝説の舞台がまた有名になった。 天岩戸神社西本宮から岩戸川に沿って進むと大きな岩の洞穴がある。その中ほどに鳥居と小宮が建っている。そのまわりに積まれた無数の積み石が神秘的な雰囲気を醸し出している。ここはその昔、太陽の神・天照大神が岩戸に隠れてしまった際、世に光を取り戻すために八百万の神々が集い神議りをした場所と言われ、人気スポットになったようだ。雨の日だったが本当に神秘的な場所でもあった。
高千穂神社周辺、夜神楽、高千穂峡も必見の場所であり、神話に出て来る村がそのまま現在に引き継がれているような場所が至る所に見られる。高千穂はやっぱり神話の村であり、神話の世界に浸れる観光地であった。
伝統文化が息づいているという感じがする宮崎県の山村、高千穂の一息であった。
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※この風景があまりにも有名な、高千穂峡のスポット。2億年前に出来た地層と言う。 |
※天岩戸神社の本殿。裏へ回ると、遠くに岩穴が見える。 この岩穴がこの神社の御神体で有名な「天岩戸」であるという。 |
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※天岩戸神社から天安河原へ向かう遊歩道にある橋。 少々長い距離にあるが、大変神秘的な歩道だった。 |
※天安河原にある八百万の神々が集い神議りした場所。大きな岩穴で中は広い場所である。中には無数の石積が見られた。 |
参考資料
「高千穂ガイドブック」 高千穂市観光協会
「高千穂の神話と神楽」 地域文化出版社
『日本史年表』 岩波書店
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